日々のできごと

日々日記&旅日記 適当な感じでつづってます
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  [ 東京ドラゴンボート大会2012 ]
2012-05-13(Sun) 23:52:42
かれこれ5回目か6回目の出場になった、東京ドラゴンボート大会。
今年も東京・お台場で快晴の下、開催された。

東京ドラゴンボート大会 東京ドラゴンボート大会
<東京ドラゴンボート大会2012。今年も元気に開催!>

チーム結成から少しずつ新メンバー=歳の若いメンバーが入って
はいるものの、劇的な若返りは果たせておらず、毎年、およそ
コンスタントに平均年齢が1個ずつ上がっている。

きょう集まった18名のメンバーのうち、20代って一体何人いたん
だろう。。。1人?2人??

そりゃ、たかだか250mがきついわけだ。。。


というわけで、第1レース惨敗。

敗者復活の第2レース、惨敗。

これで、きょうの大会も無事に終わりかと思ったところ、
敗者復活の最下位で、敗者復活枠の準決勝進出。

そして最終準決勝レースは、期待通りの惨敗。


・・・昔、、といっても、ほんの数年前までは商品がもらえる
くらいまでの高順位だったこともあったんだけどなぁ。。

みんな歳には勝てないってことか。


でも、快晴の空の下、みんなで力を合わせて一つのことを
成し遂げるって、すげー気持ち良かったよ!

東京ドラゴンボート大会
<曇って見えるのはカメラのせい、笑>

(Sunny)
<12.05.13 Sun. 11:50p.m.>
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  [ 奥州旅行-とりあえず帰宅- ]
2012-05-03(Thu) 01:39:57
4月28日~5月2日、きょうまで宇都宮の実家経由で東北奥州を
旅行してきました。


主な旅程はこちら↓

4月28日 埼玉→宇都宮(泊)
4月29日 宇都宮(泊)
4月30日 宇都宮→平泉→遠野(泊)
5月 1日 遠野→釜石→宮古→盛岡(泊)
5月 2日 盛岡→埼玉

渋滞もなく、事故もなく、違反もなく、万事OKな状態で
さきほど帰宅。

とりあえず、今夜は片付けしたらおやすみです。

(Cloudy→Rain)
<12.05.03 Thu. 01:40a.m.>
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  [ 奥州旅行-盛岡-3日目(2012.05.02 Wed.) ]
2012-05-02(Wed) 00:00:00
旅行3日目、最終日。

この日は盛岡から一気に自宅の埼玉まで帰宅する予定のため、それほど
予定を入れては居なかった。


繋温泉のホテルを出る前に一発温泉につかって、逆に疲れがどっと出て、
少々お疲れの状態で、まず朝は、小岩井農場へ。

この日は少々お天気の具合がよろしくなく、雨が降ったり止んだり。
もっとも、牧場を散策するだけだから、多少雨が降ったところで問題
はないけど。

農場入って、早速、さっき朝ご飯を食べたばっかりだけど、ソフトクリーム。
これがまた、牧場仕込みだけに、濃厚で美味い。

小岩井農場 小岩井農場
<小岩井農場。写真右は、わんこきょうだいたち。>

わんこきょうだい
・・・左から、おもっち、とふっち、こくっち、そばっち、うにっち。

小岩井農場 小岩井農場
<小岩井農場。晴れてれば岩手山が見えるらしい>

牧場を一周しながら、牧場開園の歴史を学んだり、これまた濃厚なプリン
を食べたり。

とまぁ、子供が居たら楽しかったかもな~。


さて、盛岡市内に戻り、今度は昼ご飯。

市内でじゃじゃ麺でも食べようと駐車場探しでふらふらしてたら、何やら
すごい人だかり。

行ってみると、天然記念物の石割桜。
しかもまだ桜が咲いている。

盛岡・石割桜 盛岡・石割桜
<巨大な一枚岩の割れ目から桜が育つ。
しかも隙間は今でも徐々に広がっている。>

盛岡・石割桜
<天然記念物 石割桜>

思いがけずいいものを見させてもらった。


この後、1時間並んで、盛岡名物じゃじゃ麺を食べた。
安くて美味いけど、あんなに並ぶんじゃなぁ・・・。

いや、でも美味かったよ、自分は冷麺の方がやっぱり
すきだけど。


盛岡 盛岡
<湖面一面、桜色。きれい>

じゃじゃ麺を食べたところで、これにて今回の旅は終了!

15時半に盛岡を出て、途中休みを多めに入れて自宅着は深夜1時。


駆け足で東北を巡る旅だったけど、三陸路はやっぱり印象的だった。
津波の被害からの復興、そしてガレキの早期処理の進捗を心から望みたい。

彼らの復興は、あのガレキが足かせになっている、とも言えなくもない。
各自治体、地域住民にいろいろな考えはあるかもしれないが、きちんと検査
した問題のないガレキなら、みんなで協力しませんか。

(Cloudy→Rain)
<12.05.14 Mon. 00:30a.m.>
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  [ 奥州旅行-釜石・宮古・盛岡-2日目その2(2012.05.01 Tue.) ]
2012-05-01(Tue) 23:59:00
<その1の続き>

釜石から宮古に向かって引き続き浜街道を進む。


そして、宮古・浄土ヶ浜に到着。
ここ浄土ヶ浜は、三陸の観光名所の一つでとても有名な場所だ。

かつて20数年前に来たことがあり、きれいな砂浜が広がってた印象がある。
今回の津波では、岩礁に大きな被害はなかったものの、休憩施設や遊歩道
などの観光施設に大きな被害が出たそうな。

とは言いつつも、現在は観光は再開しており、せっかく来たので浄土ヶ浜の
遊覧船に乗ってみた。

宮古・浄土ヶ浜
<浄土ヶ浜遊覧船>

宮古・浄土ヶ浜 宮古・浄土ヶ浜
<浄土ヶ浜>

浄土ヶ浜・遊覧船にて
<船上でうみねこちゃんたちに餌付けも>

浄土ヶ浜・破壊された港
<津波で破壊された防波堤>

3月11日は、お客さんを下ろした後で地震を感じ、津波の危険を感じ
船を沖に避難したそうだ。

海底が見えるほどの引き波があった後、浄土ヶ浜辺りでは10mを越える
津波があったとか。

遊覧船の乗船乗り場には、その最高高さの位置に目印としてブイが
ぶら下げてあり、その高さに驚かされた。


浄土ヶ浜を離れ、今度はこの旅で一番来てみたかった田老町に来てみた。

ここには日本最大とも世界最大とも言われる、万里の長城とも表された
とても大きく長い防潮堤がかつてあった。

その世界最大の防潮堤(=高さ10m)を東日本大震災の大津波は易々と越えて
きた。

その結果・・・。

町は壊滅した。


宮古・田老駅前 宮古・三陸鉄道田老駅 田老駅より海を望む
<三陸鉄道田老駅。ホーム上から海を見る。>

こんなに高台でこんなに海から距離があるのに、津波はこのホームにも
やってきた。

宮古・田老町の瓦礫
<ガレキの山>

種類別に仕分けがされ、それぞれの山になっている。
が、それは小さな自治体にはとても処理仕切れないほどの量がある。


防潮堤に登ってみた。

宮古・田老パノラマ
<防潮堤の上からパノラマ>

田老・大防波堤から陸側
<防潮堤よりも陸側>

昭和8年の大津波被害を受け、避難場所へ最短で行けるように碁盤目状に
街並みを整備したが、それがかえって裏目に出たか、堤防を越えた津波は
この道沿いに街中にあっという間に浸水したらしい。

田老・大防波堤から陸側
<無理矢理に合成しましたが。。。パノラマ。右が海向かい→>

田老・大防波堤から陸側 田老・破壊された防波堤と観光ホテル跡
<津波は2つの防潮堤を越え町に流入、壊滅した>

2重に建設された防潮堤のうち、右に続く堤防は津波のエネルギーで破壊
されている。
その奥には、3階まで津波が到達した、たろう観光ホテル。


街並みが壊滅してしまったということは、産業も壊滅してしまったということ。
何もなくなってしまった街並みを見て、はて、この町はどうやって再建
していくんだろう。

津波っていうのは、そういうものまで流し去ってしまうんだと。



この後は、日本三大鍾乳洞の一つ、龍泉洞に向かった。
日本三大鍾乳洞とは・・・龍泉洞(岩手県)、龍河洞(高知県)、秋芳洞(山口県)
なんだとか。おぉ、なるほど、全部行ったことある。

現場到着は17時だったが、5月1日、ちょうどこの日から18時までの営業時間に
なったばかりだった。なんて運がいいんだか。

岩泉・龍泉洞 岩泉・龍泉洞
<洞内部はちょっと肌寒い。そして、ものすごい透明度>

鍾乳洞の内部は、肌寒いくらいの気温。
そして、足下には大量の水。

しかし、この水、どこで湧いてどっから流れてくるんだか。
とにかくものすごい水量。

地底湖は深いところで100m近くあるらしく、ここで物を落としたら、、、とか、
ここで水に落ちたら、、、とか、いろんなことを想像して妙に怖くなってみたり。

岩泉・龍泉洞 岩泉・龍泉洞
<龍泉洞。洞から出てくる水はものすごく大量かつ透明かつ冷たい>


きょう、最後の観光地(?)は、JR岩泉駅。

日本一の赤字路線だった岩泉線の終着駅だったが、2010年の土砂崩れに
よる不通になってから運転再開できず、ついに先日、廃止が決まった。

岩泉・JR岩泉駅 岩泉・JR岩泉駅時刻表
<JR岩泉駅>

時刻表を見ると、朝と晩の計3本しか列車が来ない。
はて、動いてる当時、一体どんな人たちがこの路線を利用していたのか。

地方の公共交通の廃止ってのには、地域の足の確保って意味からもなかなか
廃止すべきではないっていう考えを持っているけれど、この現状を見ては
まあ正直言って廃止もやむを得ないんだろうなという思いだ。

岩泉・岩泉線
<岩泉線路線図>

こういう行き止まり線のことを盲腸線という。

岩泉・JR岩泉線
<とうとう列車は来なかった>


18時半過ぎ、もうすっかり日は暮れてしまったが、この日の宿は
ここから約100km、盛岡、というかさらにその先の繋温泉だ。


20時半頃、ようやく盛岡に着いて夕ご飯に冷麺を食らう。

そしてさらに西進。
21時半頃、やっとのことで繋温泉着。

せっかくの温泉宿だっていうのに、ゆっくりする時間が短くなってしまった。

(Sunny)
<12.05.13 Sun. 01:40a.m.>
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  [ 奥州旅行-釜石・宮古・盛岡-2日目その1(2012.05.01 Tue.) ]
2012-05-01(Tue) 00:00:00
2日目は、三陸海岸を巡って盛岡へのルート。
自分が行きたかったルートだ。


朝9時過ぎ、まずは釜石へ。

大震災で犠牲になった方々の冥福を祈るため、釜石大観音へ。

釜石・釜石大観音 釜石・釜石大観音
<釜石大観音。胸元の展望台からは釜石湾が一望できる>

高台に立っている観音様のところからは、釜石湾が一望できる。
湾口部に先の大津波で破壊された、世界最大の湾口防波堤が見える。

釜石・世界最大の湾口防波堤 釜石・世界最大の湾口防波堤
<世界最大の湾口防波堤。東日本大震災の大津波で破壊された>

この防波堤のおかげで、釜石市街地への津波の流入を6分遅らせることが
できたという。
ただ、費用対効果を考えたときに、これを再建すべきかどうかという点に
おいては様々な意見があるようだ。

釜石湾口~釜石市街地のパノラマ
<←釜石市街地 釜石湾のパノラマ 湾口防波堤→>


続いては、釜石発祥の元、鉄。
釜石といえば鉄、というほどかつては栄えた、鉄の町・釜石。

その歴史を学ぶべく、鉄の歴史館へ。

釜石・鉄の歴史館 釜石・鉄鉱石
<釜石・鉄の歴史館>

鉄の歴史館・高炉模型
<鉄の歴史館・高炉の模型>

なぜ釜石が鉄の町として栄えたのか、多くのパネルで紹介していたけど、
まぁものすごくマニアックな施設なだけに観光客は数えるほど。

でもそんなマニアックな展示が大好きなのです。


釜石を離れ、国道45号・浜街道を北へ。

両石→鵜住居→大槌→吉里吉里・・・。
いずれもテレビや本で読んだ街々だ。

そして、浪板海岸。
ここはかつてきれいな砂浜が広がっていたというが、現状は
写真の通り。

吉里吉里・浪板海岸
<吉里吉里・浪板海岸>

砂浜は消えてしまっている。
ガイドブックには「寄せる波があっても返す波がない」とあるが、
どんなところだったのか。。


釜石湾・復興の様子
<養殖いかだが復興を物語る>

陸側は、瓦礫こそ残っていなくとも津波の痕跡がまだ至る所に残るが、
転じて海側は、養殖いかだがたくさん海に浮かび、復興に向けて歩んで
いるのが分かる。

真新しい黄色いブイが整然と並ぶ景色に、ほっこり心が少し温かくなった。


<長くなったので、その2へ>

(Sunny)
<12.05.08 Tue. 01:30a.m.>
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